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2016/08/02

★ フィアット アバルト 131 ラリー Gr.4

1976年の後半戦から登場したフィアットと名チューナー「アバルト」によって生み出された

131_00

自然吸気の2.0Lをフロントにい搭載し、後輪を駆動させるFR方式。

当時のWRCはフィアットの子会社であったランチアの「ストラトス HF」が
大活躍していた時期であるが、
親会社であるフィアットの本格参戦にあたり、
ランチアは参戦規模を縮小し、スポンサーのアリタリア航空も譲り渡す。

131ラリー」は「ストラトス HF」より大柄なボディで、エンジンパワーも低かったが、
軽量で扱いやすく、参戦初年度で1勝を上げる。

翌1977年は常時6台程度を走らせる物量作戦。
メカトラブルも多く、完走率は50%以下であったが全滅する事は無く、
必ず上位に食い込む。
年間5勝を上げ、マニファクチャラータイトルを獲得する。
1978年も物量作戦は続くが、3台程度での参戦が多くなる。
メカトラブルは大幅に減少し、70%程度の完走率になる。
この年も年間5勝を上げ、マニファクチャラータイトルを獲得する。
その内、マルク・アレンが参戦6戦中、2勝を上げ、
2位が2回。3位が1回と活躍し、ドライバーズタイトルを獲得する。
1979年も3台体制で参戦。
しかし、ライバル勢の戦闘力が向上しており苦戦を強いられ、
年間1勝にとどまり、フォード、ダットサン(ニッサン)に敗れ、ランキング3位に終わる。
1980年は3~5台の参戦体制となる。
ワークスのワルター・ロールが年間4勝。2位が2回と大活躍。
再びマニファクチャラータイトルとドライバーズタイトルを獲得する。
1981年は3台体制となるが、参戦数を縮小。
年間1勝に留まる。
翌1982年よりWRCはグループBが始まるため、「131 ラリー」は1981年で
ワークス活動を終了。
子会社であるランチアの「037 ラリー」に、その座を譲る。
 

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