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2016年7月の23件の記事

2016/07/31

★ ミツビシ ランサー ワールドラリーカー

1年間の参戦休止を経て、2004年に再びWRCに戻ってきた三菱。

Lancer042

そして、装いも新たに生まれ変わったラリーカー
を投入する。
チーム体制、開発体制を一新し、これまでの日本主体からチーム主体へと切り替わる。
エンジンは「ランサー エヴォリューション WRC」のものを流用したため、
十分なパワーとトルクを持っていた。
また、リアスポイラーはボディの後端では無く、後輪の直上に設置され、
リアのダウンフォースが効率良く後輪に掛かる様になっている。
しかし、体制変更とマシン開発を1年で全て行うのには無理があったのか、
アクティブデフは未搭載でテストも不十分な状態で参戦を開始する。
案の定、完走も間々ならないほどメカトラブルが頻発し、
マニファクチャラーポイントはダントツの最下位。
終盤の参戦を休止し、開発に注力する事になる。

Lancerwrc051


2005年になり、ワイドボディ化、セミAT、アクティブデフ、新型サスペンションを搭載した、
に進化する。
メカトラブルは多少ながら発生していたが、
戦闘力は向上し、入賞圏内。さらには表彰台を獲得する等、
着実な進化を果たす。

しかし、2005年の最終戦後に三菱はWRCからの撤退を突如発表し、
ランサーの開発はストップ。
それでも2007年頃まで、プライベーターに使用され、入賞および3位 表彰台を獲得する等、活躍する。

開発が続けられていたら優勝も可能だったと思われるマシンであった。

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2016/07/30

★ シトロエン ZX キットカー F2

1996年に投入されたシトロエンのF2 キットカー

Zxkitcar

3ドア ハッチバックのボディを持ち、車重は1,000kg程度。
エンジンは自然吸気の2.0Lエンジン(260ps)を搭載し、前輪駆動。


WRCへの積極的な参戦は行わず、参戦回数はわずか1回のみ。
ワークスドライバーであった、ヘサス・ピュラスの母国である
スペイン国内選手権を主戦場とし、1997年、1998年と国内タイトルを連覇する。


その後、後継の「クサラ キットカー F2」にその座を譲る。

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2016/07/29

★ シトロエン サクソ スーパー1600

2001年に登場したスーパー1600マシン

Saxos1600

サクソ キットカー」からのコンバートマシンであったが、
顔つきはベース車に合わせてフェイスリフトを行っている。
車重はスーパー1600規定に合わせて重くなったものの、
6速シーケンシャルミッションを搭載。
エンジンも若干パワーとトルクが向上している。
デビューイヤーの2001年はJWRCにて、
セバスチャン・ローブが圧倒的な実力を発揮し、
5勝を上げ、年間タイトルを獲得。
翌2002年は後にミツビシワークスに入る、ダニエル・ソラが3勝を上げ、
年間タイトルを獲得する。
2003年以降は積極的な参戦を中止し、
プライベーターによる散発的な参戦に留まり、
2004年には後継の「C2 スーパー1600」にその座を譲る。

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2016/07/28

★ シトロエン サクソ キットカー F2

シトロエンが1997年に投入した、1.6Lエンジン搭載の前輪駆動マシン

Saxokit

WRCへは主にターマックラリーに散発的に参戦。
2000年はグラベルラリーにもドライバーの練習として参戦する。
主に若手育成用で扱い易くコストの掛からないマシンとして開発され、
その後、WRC 9連覇を成し遂げるセバスチャン・ローブも育成ドライバー時代にドライブしている。
2001年より、スーパー1600規定に合わせて再設計された
サクソ スーパー1600」にその座を譲る。

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2016/07/27

★ ミツビシ ギャラン VR-4 Gr.A

三菱が1988年投入した4WD + 2.0L ターボエンジンを搭載したマシン

Garant_vr4_3

三菱がWRCへの本格参戦を狙って開発されたマシンであり、
参戦2年目の1989年に、2回の優勝を勝ち取る。
1991年は優勝2回。2位が3回と活躍し、三菱は年間総合3位となる。
1992年になると、ワークスは次期マシンである「ランサー エヴォリューション」の開発に注力し、活躍は出来なかったが、
篠塚 建次郎がコート・ジボアールで優勝を果たす。
戦闘力は高かったものの最後まで全戦参戦は行わず、
1993年より後継の「ランサー エヴォリューション」にその座を譲る。

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2016/07/26

★ スバル インプレッサ WRC '2005

2004年モデルでドライバーズタイトルの防衛が叶わなかった、スバル。
雪辱を誓い、新規定に合わせワイドボディー化したマシン

Imp20054

エンジン等は強化されず、ワイドボディー化に伴うサスペンション回りの開発が中心となる。
また、スバルホンタイがボディデザインに参画し、
ブリスターフェンダー等 エッジの立っていた個所が滑らかな曲線形状とし、
市販車に近い見た目になる様に工夫されている。
ワイドボディ化により、より安定した走りが可能になると思われたが、
サスペンション ジオメトリやセッティングを合わせる事が出来ず、
ドライバーの意のままに操る事が出来ない状態に陥る。
後半戦のラリー ジャパンにて新ジオメトリ バージョンを投入するが、
抜本的な解決には至らず中位に沈む。
しかし、エースのペター・ソルベルグは腕でマシンをねじ伏せ、
年間3勝 (1勝は2004年モデルで獲得) を上げる。

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2016/07/25

★ スバル インプレッサ WRC '2003

市販車のフェイスリフトに合わせて、顔つきの変わった

Impreza20032

市販車のフェイスリフト自体、ワークスチームからの要望を取り入れ、
フロント回りの自由度が増した形状となる。
それに伴い機器レイアウトを変更し、フロントから入った空気が、
ボンネット上に抜けやすい配置となり、フロントのダウンフォースが向上。
リアウィングに関してもバーティカルフィンが設置され、
コーナリング時のダウンフォースが向上している。
エンジンも強化され、ターボ、エキゾーストマニホルドが改良され、
エンジントルクは60kg-mに達する。
シーズン序盤こそ、トラブルやドライビングミスでのリタイアが多く、
下位に沈む事が多かったが、
中盤戦より調子が上向き年間4勝を上げ、
ペター・ドルベルグがドライバーズタイトルを獲得する。

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2016/07/23

★ ランチア ストラトス HF Gr.4

1974年に登場したランチアのラリー専用マシン

Stratos

市販車ベースの概念を捨て、Gr.4のレギュレーションを生かし、生産台数は500台のみ。
全長が短く、ワイドで軽量なボディを持つ。
エンジンは280psを発生するフェラーリ製の2.5L V6エンジンをミッドシップに搭載し、
リアを駆動させるMR駆動方式。
当時のラリーカーとしては抜群の運動性能を持ち、WRCを席巻する。

1974-1976年とマニファクチャラーズタイトルを3連覇し、
1977年はドライバーズタイトルを獲得する等、初期のWRCを代表するマシンであった。

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2016/07/22

★ ニッサン マイクラ キットカー F2

1997年に登場したニッサンのF2 キットカー

Maicrakit

排気量 1.3L 155psのエンジンを搭載し、
コンパクトでワイド、軽量なボディを持つ。
2.0Lエンジンが主流のF2において、当然ながら戦闘力は低く、
ラリーで勝つためのマシン。
と、言うよりはラリーの練習用のマシンとして使用される。
(当時、ニッサンの主力マシンは「サニー キットカー」)
WRCには1997年のフィンランドおよびグレート ブリテンに参戦する。
グレート ブリテンでは完走するが、上位進出は出来ていない。
(総合 58位。クラス 22位)

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2016/07/21

★ シトロエン クサラ WRC

2001年にテスト参戦を開始した、シトロエン初のワールドラリーカー

Xsara

同じPSAグループのプジョーに配慮し、参戦する、しないで揉めた時期もあったが、
最終的に参戦を開始する。
テスト参戦であった2001年であったが、イタリアで2位。フランスで1位となり、
当時、王者であったプジョーに真っ向勝負を挑む。
2002年もテスト参戦を続けるが、ターマックでは速く、モンテカルロで2位。
ドイツで1位となるが、グラベルでの戦闘力は低く下位に沈む。

Xsara03

2003年より本格参戦となり、
リアスポイラー、エンジン、ターボ、インタークラー等に改良し、トルクが増大した、
クサラ WRC '03」へ進化する。
苦手であったグラベルでも戦闘力が向上し、コンスタントな入賞を果たす。
ターマックでは相変わらず早く、年間3勝を上げマニファクチャラーズタイトルを獲得する。
2004年。
エースのセバスチャン・ローブが覚醒し、ターマック、グラベル問わず、
表彰台の常連となる。
ローブが1位を6回。2位を6回 獲得し、ドライバーズ、マニファクチャラータイトルの
ダブルタイトルを獲得する。
2005年。
ローブの速さが異次元レベルとなり、年間10勝を上げ、圧倒的なパフォーマンスを発揮。
ダブルタイトルを連覇する。
2006年。
次期ラリーカー開発のため、シトロエンは参戦を休止。
しかし、セミワークスであるクロノス レーシングより参戦を継続する。
12戦のみの参戦にも関わらず、8勝を上げ、4回の2位を獲得し、
ローブがドライバーズタイトルを維持する。
2007年より新型「C4 WRC」へその座を譲るが、この時期のベストラリーカーと言える。
スペイン国内選手権でも2002年に年間タイトルを獲得している。

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2016/07/19

★ フィアット プント S1600

2001年より始まる、スーパー1600マシンで争われるJWRCに投入されたマシン。

Punto

ラリーの名門であるフィアット。
そしてワークスであるアバルトの開発により、高い戦闘力が期待された。
使用するユーザーも多く、戦闘力も申し分ない出来であったが、
シトロエンの秘蔵っ子「セバスチャン・ローブ」と「サクソ S1600」の前に苦戦を強いられる。
2位はコンスタントに獲得するものの、ローブが出場しなかったラリーで
アンドレア・ダラビッラが1勝を上げるに留まり、年間2位で終わる。
2002年。
「サクソ S1600」にユーザーが流れた事もあり、苦戦。
最上位は3位となり、サクソとの戦闘力差が浮き彫りとなる。
2003年。
市販車のフェイスリフトに合わせて、フロントマスクが変更される。
ほぼワークス格で参戦し、改良を積極的に行っているルノーおよびスズキの前に苦戦。
メカトラブルも頻発してしまう。
それでも1勝を上げ、意地を見せる。
2004年。
前年同様、ルノーおよび新型の「イグニス S1600」を投入したスズキに苦戦。
最上位は2位。
改良回数に制限のあるS1600では、もう限界なのか・・・。
2005年。
シトロエンが新型の「C2 S1600」を投入。
スズキも前年同様、高い戦闘力を維持する。
参戦年数の長いプントであったが、タイトルに手が届かない状況を打破すべく、
遂にワークス格での参戦を開始する。
しかし、戦闘力が一気に向上するわけも無く、年間1勝で終わる。

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2016/07/18

★ プジョー 206 WRC

プジョーが1999年より投入したマシン

206

206 WRC
当時のワールドラリーカー規定(全長 4,000mm以上)に合わせるため、
ロングバンパーを装備した「206 GT」を生産し、ホモロゲーションを取得するほど、
当時としてはコンパクトなマシンであった。
グループB時代にチャンピオンを獲得しているプジョーであったが、
参戦 初年度はメカトラブルが頻発し、苦戦。
最上位は2位に留まる。
2000年は信頼性が向上し、完走率が飛躍的に上昇。
マーカス・グロンホルムが加入し、4勝を上げ、、
ターマックスペシャリストのジル・パニッツィも2勝を上げる事で、
ドライバーズ、マニファクチャラーズタイトルのダブルタイトルを獲得し、1986年の「205 ターボ16 Gr.B」以来の王者となる。

206_2

2001年はカラーリングを一新した「206 WRC」を投入。
怒涛の4台体制で臨み、計6勝を上げマニファクチャラーズタイトルを連覇する。
しかし、安定性には欠けメカトラブルも多くリタイアを頻発。
生き残ったドライバーが上位に進出する。と、いう状態であり、
ドライバーズタイトルはスバルのリチャード・バーンズに明け渡す。
2002年になると、再び信頼性が向上し上位フィニッシュを連発する。
14戦中 8勝を上げる。
エースのマーカス・グロンホルムが5勝を上げ、
ドライバーズ、マニファクチャラーズタイトルを再度獲得。

20603

2003年。
前年が圧勝に近かったプジョーはタバコメーカーのマルボロをスポンサーを獲得し、
カラーリングを一新した「206 WRC」を投入。
しかし、スバルのペター・ソルベルグ。
シトロエンのセバスチャン・ローブの活躍。
次期マシン「307 WRC」の開発に注力したため、マシン開発が停滞。
これらの事情により、プジョーおよびエースのマーカス・グロンホルムは苦戦を強いられる。
グロンホルムは年間3勝を上げるものの、限界を越えてしまった走りも多く、
リタイアを頻発し、タイトル防衛は叶わず。
307 WRC」にその座を譲る。

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2016/07/11

★ フォード エスコート RS2000 Gr.A & Maxi kit car F2

1994年に登場した「エスコート RS2000 Gr.A

Escortkit

前輪駆動で自然吸気エンジンを搭載し、

F2 キットカーに近い構成のマシン。
WRCへは散発的な参戦しか行っていないが、
イギリス国内選手権にグインダフ・エバンスが積極的に参戦。
1995年に一勝を上げ、年間2位と活躍する。
1996年は3勝を上げ、イギリス国内タイトルを獲得する。
1997年にエンジンの強化とワイドボディ化を行った「エスコート RS2000 Maxi キットカー」を投入。
引き続きイギリス国内選手権に参戦するものの、勝利を掴む事は出来ず。
その後、目立った活躍は無いもののチェコ国内選手権をはじめ、ヨーロッパ各国の国内選手権で疾走する。

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2016/07/10

★ シュコダ オクタビア WRC

1999年に投入されたシュコダ初のワールドラリーカー

Oct

白鯨と呼ばれる程、当時としては大柄なマシンであった。(全長 4.5m以上)
エンジンはワールドラリーカーで唯一、1シリンダーあたり5バルブを搭載し、
ロングストロークな2.0L ターボエンジンを搭載。
当初は信頼性の確保に苦しみ、メカトラブルが頻発。
2000年にエンジン強化を行い、戦闘力の向上を果たしたが、
信頼性は相変わらず悪いまま。
2001年に3位表彰台を獲得し、今後を期待させたが、
結局、2003年までこれが最上位となり上位進出は果たせなかった。
2003年の後半戦より後継となる「ファビア WRC」にその座を譲る。
WRCでは活躍しきれなかったが、ドイツおよび母国チェコの国内選手権で活躍し、
年間タイトルを獲得している。

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2016/07/09

★ シュコダ オクタビア キットカー F2

チェコの自動車メーカー シュコダが1997年に投入したF2キットカー

Octaviakitcar

前輪駆動の自然吸気エンジンを搭載する。
250psで1,000kgを切る軽い車体であったが、全長4.5mの大柄な車体もあり、
成績はあまり良いところ無し。
シュコダは成績に関わらず、1999年よりトップカテゴリであるワールドラリーカーへの参戦が「オクタビア WRC」で決定していたため、1998年で本格的な参戦は終了。
WRCの感覚を感じるが為の参戦であった。

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2016/07/08

★ スバル インプレッサ WRC '2001 - '2002

スバルがインプレッサのフルモデルチェンジに合わせて登場させたラリーカー

Imp_2001

当時、傑作と言われた「インプレッサ WRC '2000」の高い戦闘力を向上させたモデルとして期待を集めた。
エンジンパワーの強化が行われたが、ほぼ新開発となったマシンはメカトラブルが頻発。
しかし、エースのリチャード・バーンズが優勝1回、表彰台5回と健闘し、
ドライバーズ・タイトルを僅差で獲得する。
ちなみに、日本の新井 敏弘がワークスエントリーされたマシンである。
翌2002年はチャンピオンとなったリチャード・バーンズが離脱するが、

Imp_2002_p

改良型の「インプレッサ WRC '2002」を投入。
エンジンの軽量化。冷却性能の向上を行っている。
また、State Express 555 煙草がスポンサーに復帰する。
元チャンピオンのトミ・マキネンと、若手のペター・ソルベルグで挑む。
両ドライバー共に1勝を上げるものの、メカトラブルが続き苦戦し、
ドライバーズタイトル、マニファクチャラータイトル共に獲得出来ず。
2003年はフェイスリフトした新型「インプレッサ WRC '2003」にバージョンアップし、
ペター・ソルベルグをエースとしてWRCに臨む。

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2016/07/07

★ シトロエン BX4 TC Gr.B

1986年に投入されたシトロエンのグループBマシン

Bx4tc1

当時のグループBのトレンドであった、ミッドシップエンジン、フルタイム4WDは取らず、
フロントエンジン、パートタイム4WDという構成であった。
大きなブリスターフェンダーと巨大なリアウィングとフロントホイールから大きく前に突き出したボンネットがグループBらしさを醸し出す。
また、市販車で搭載している「ハイドロニューマティック」という新機軸も投入される。
しかし、完走は1回のみで最上位はその時の6位。
1986年でのグループB 頓挫により、熟成、改良を行う間もなく、活躍の場を失う。

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2016/07/06

★ ルノー クリオ スーパー1600

2002年に登場したルノーのスーパー1600マシン

Clios1600

2002年はテスト参戦を行い、ベテランのシモン・ジャン・ジョセフがクラス優勝を獲得する等、
戦闘力を発揮。
本格参戦となった2003年はフランス スーパー1600チャンピオンの
ブリス・ティラバッシがJWRCへ参戦し、3勝を上げタイトルを獲得する。
その後、スズキの「イグニス スーパー1600」「スイフト スーパー1600」。
シトロエンの「C2 スーパー1600」と言った、新鋭スーパー1600勢と戦い、
2006年にもJWRCタイトルを獲得する。

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2016/07/05

★ マツダ RX-7 (SA22) Gr.B

1984年に登場したマツダのグループB用ラリーカー

Rx7b

2ローターの13B ロータリエンジンを装備し、自然吸気ながら300psを発生。
巨大なオーバーフェンダーを装備しているが、
車幅は小さく1,661mmしか無い。
4WDではなく、後輪駆動のためライバル勢には太刀打ち出来ず、
1985年のアクロポリスでの3位が最上位となる。
参戦回数も数える程であった。

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2016/07/04

★ フォード エスコート WRC

1997年のワールドラリーカー元年に登場したフォードのマシン

Wscortwrc1

グループAの「エスコート RS コスワース」を改造し、ワールドラリーカーへコンバートした、
暫定的なワールドラリーカー。
リアサスペンションをストラット式に変更し、改良したエンジン、トランスミッションを装備し、
高い戦闘力を発揮する。
1997年は2勝、表彰台にも6回登りマニファクチャラー2位となる。
1998年は開発がストップし、苦戦。
優勝は無く、表彰台には7回登るがマニファクチャラー4位となり低迷する。
1999年からは新型「フォーカス WRC」にその座を譲った。

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2016/07/03

★ プジョー 307 WRC '2005

同グループではあるが、打倒シトロエンを目指して開発されたマシン

307wrc2005

ワイドボディ化され戦闘力の増した307はコンスタントに上位入賞を果たし、
2回 優勝し、それ以外に表彰台に8回のぼる等、活躍する。
しかし、時はシトロエンとセバスチャン・ローブの最強時代。
10勝を上げたシトロエンに敗北し、
マニファクチャラー2位でプジョーはWRCから撤退する。

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2016/07/02

★ アルファロメオ 147 Super1600

2003年のイギリス国内選手権に参戦したプライベーター製スーパー1600

Alfa147s1600

グループN車両を製作していたプライベーター
「スティーブ ヒル モータースポーツ」が独自に開発したマシン。
スティーブ・ヒル自身がハンドルを握り、開発を進めたが、
全7戦中 6戦リタイアとなり、安定性の無さを露呈してしまう。
翌2004年も参戦を続け、開幕戦「ピレリ ナショナル ラリー」で
総合4位と健闘するが、第3戦以降は撤退してしまう。
プライベーターで成績が残せない場合はこれが限界なのか・・・。
アルファは日本のホンダと同じく、ラリーに本格参戦する事があるのだろうか?

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2016/07/01

★プロトン パート

ミツビシのランサー エヴォリューションの
メーカーを「プロトン」(マレーシアの自動車メーカー)
車名を「パート」としたグループNマシン。

Proton_pert

ベース車は日本産のミツビシ ランサーエヴォリューション。
マレーシア出身のラリードライバー「カラムジット・シン」の運転により、
APRC(アジア・パシフィック ラリー選手権)へ挑戦し、2001年、2002年、2004年と、
3回もの年間タイトルを獲得する。
WRCにおいても、グループNで争われるPWRCにて活躍し、
2002年に年間タイトルを獲得する。
その後、プロトンは遂に独自開発の「サトリア ネオ S2000」でラリーに戻ってくる。

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